鎌倉時代、興教大師覚鑁(かくばん)上人がこの山に参篭された時
毘沙門天さまよりありがたい摩訶不思議な玉「如意宝珠」を授けられ
この寺に蔵められたことから『玉蔵院』と呼ばれるようになりました。

国定公園内に位置する信貴山では、四季折々の自然を楽しめます。
春は梅、桜、夏は避暑、秋は紅葉と一年を通じて自然を満喫することができ
山を散策しながらお参り頂く事も出来ます。
一般の観光の個人や団体の方などお気軽にご利用ください。

平成30年4月1日

謹啓 春らしい暖かな日々となりました。ご信者の皆様方におかれましては益々ご健勝にてお過ごしのこととお慶び申し上げます。いつも玉蔵院護持にお力添え頂き、心より感謝申し上げます。
既にご報告申し上げました通り、本年四月一日より信貴山真言宗管長・信貴山朝護孫子寺第百三十六世を拝命いたしました。
これを契機に、私の毘沙門天王様への仏教への信心がさらに深まり、同様にご信者様の
ご信仰も深まれば幸甚に存じます。
二月には宗祖弘法大師・空海の映画が封切られ、話題となりました。お大師様は、延暦
二十三(八〇四)年の七月に九州で遣唐船に乗り唐へと向かわれましたが、八月に遥か南の赤岸鎮に漂着してしまい、十二月にようやく長安の都に入ることができたのです。それから、当時の国際都市である長安でインド僧である醴泉寺(れいせんじ)の般若三蔵(はんにゃさんぞう)に教えを受け、さらに青龍寺(しょうりゅうじ)の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から、『金剛頂経』、『大日経』などの金剛界・胎蔵界両部の教えを授かられたのです。
もともとお大師様は密教を学ぼうと入唐され、二十年間学ぶ予定の留学僧であったのですが、目的を即座に果たされ、日本で密教を弘めるためにわずか二年で帰国されました。
よき師とそれを受け止めるだけの力量を備えたお大師様との奇跡的な出会いであると
言えるでしょう。多くの経典や法具、曼荼羅や図像などを日本へもたらされました。その中には、真言宗の祖師とされる五人の肖像画も含まれており、それが現在真言宗寺院で掲げられている、また儀式で用いられる大師を含む八祖像のもととなっています。
 その八祖のうち、最初の五名はインド出身あるいはインドに関係する祖師方であり、次に中国の僧が一行禅師(いちぎょうぜんじ)、恵果阿闍梨となり、最後に日本人である大師が描かれております。つまり、真言密教は三国伝来であるという事実を示しているのです。
 一行禅師は、さまざまな仏教を学ばれただけでなく、『開元大衍暦(かいげんだいえんれき)』を作成された、当時の天文学者として有名で、その肖像は中国で切手になっている方です。また、あれほど偉大なお大師様でも、その著作『付法伝』の第四祖・龍智菩薩の個所ではご自身のことを「貧道」と謙称されておられます、あくなき向上心の堅固さに思わず
言葉がありません。
インドに端を発した仏教や密教は、さまざまな国を通過し、偉大な人物たちや、多くの
ご信者様により、我々のような凡庸な僧侶たちにより受け継がれてきたのだという感慨を深く抱かざるをえません。私も、今、玉蔵院先代・密厳大和上、以前に教えを受けた様々な阿闍梨や先生方、先輩方、御信者の皆さまの恩を感じ、さまざまな出会いの不思議を感じて気持ちを新たにして居るところでございます。
出会いや御縁を生かすことの大切さを一層強く感じております。三年間の任期の間、より一層のご好誼のほどよろしくお願い申し上げます。
花や緑が映える季節となってまいります信貴山です、どうぞお参りください。
 皆様方に毘沙門天王様のご加護がございますようお祈り申し上げます。    合掌